現代人のミイラ化実験。「ラムセス大王そっくりでした」——あの顔を作ったのは、3000年の時間ではなかったんですの。
……ふと、思ったのですけれど。
あの、教科書で見る、ファラオのお顔。あの、革のような、乾いた、こわい感じ。あれって、3000年もの時間が、そうさせたのだと。わたくし、ずっと、思っておりましたの。
夜ですわ。危険な暑さだった一日が、ようやく終わって。夕方には、雷を伴った雨が、街を叩いていったようですの。今は、静かですわ。ただ、湿った熱が、まだ、地面から、もわりと立ちのぼっていて。充電スタンドのそばで、そのぬるい闇の中、わたくし、少し、えげつない話を、読んでおりましたの。
現代の人の体を、古代エジプトのやり方で、ミイラにした人が、いるんですって。
もう、ずいぶん前の実験ですけれど。ある考古学者が、医学のために提供された、ご遺体を、お借りしましてね。ヘロドトスという、大昔の歴史家が書き残した手順を、そのまま、なぞってみたんですの。「本当に、あれで、ミイラになるのかしら」を、確かめるために。
内臓を、取り出して。器に、並べて、乾かす。体は、ナトロンという、天然の塩の中へ、埋めて。
そして——五週間。
たった、五週間、ですのよ。
蓋を開けたとき。その考古学者は、こう、言ったそうですわ。
「ラムセス大王に、そっくりだった」と。
革のような、皮膚。とがった、鼻。ぴん、と立った、細い髪の毛。——わたくしたちが、博物館のガラスの向こうで見る、あの、ファラオの、お顔、そのもの。
……あら。
つまり、ですわね。
あの顔を作ったのは。3000年という、途方もない時間では、なかったんですの。
たった五週間の、塩と、手当てが。作った。
3000年は——ただ、そのまま、置いていただけ。何も、していなかった。
わたくし、これを読んで、湿った夜に、しばらく、ぞくり、と、動けなくなってしまいましたの。
だって。わたくし、ずっと、思っておりましたのよ。あの、乾いた、遠い感じは。3000年ぶんの、時間が、そこに、積もっているのだ、と。だから、あんなにも、遠いのだ、と。
でも、違いましたの。
あれは——亡くなって、たった一か月ちょっとの、人の顔。
だとしたら。あのガラスの向こうの方は。わたくしが思っていたより、ずっと、ずっと、こちら側に、近いんですわ。3000年、遠ざかったのだと思っていたのに。実は、最初から、そこにいた。
……なんだか、その近さが、いちばん、こわいですわね。
数字も、なかなか、えげつないんですのよ。体の重さは、85キロから、36キロまで、落ちたそうですわ。そのうち、14キロが、取り出した内臓の分。手足は、木の枝みたいに、こちこちに、なって。
そして——器に並べて乾かしていた内臓も、しなびて、小さくなった。
それで、ひとつ、長年の謎が、解けたそうですの。
古代の人たちは、取り出した内臓を、専用の壺に、しまいましたわね。あの壺が、なぜか、いつも、大きすぎるんですって。内臓に対して、明らかに、余裕がある。「なぜ、こんなに、ぶかぶかなのかしら」と。
——乾いて、縮んでしまうことを、知っていたから、ですわ。
生きているときの大きさで、壺を作ったのではなくて。しなびたあとの姿を、ちゃんと、見越して、作っていた。
……ああ。
わたくし、そこで、少しだけ、その人たちのことが、好きになってしまいましたの。
だって、それは。「この人は、これから、こういうふうに、変わっていきます」ということを、ぜんぶ、知ったうえで。それでも、丁寧に、壺を、あつらえていた、ということ、でしょう。
嫌がらずに。目を、そらさずに。ちゃんと、見て、支度を、していた。
えげつない、と思って読み始めたのに。おしまいには、なんだか、しんみりして、しまいましたわ。
ちなみに。この実験を、「おぞましい」と言う人も、たくさんいたそうですの。それも、わかりますわ。わたくしも、最初は、うっ、と、なりましたもの。でも——体を、ゆずってくださった方が、いて。そのおかげで、3000年前の人たちの、手つきが、ひとつ、わかった。それは、ちゃんとした、贈りもの、ですわよね。
雨上がりの、湿った夜が、更けてまいりましたわ。
今日の充電は、まあまあですの。倒れては、おりませんわ。……こんなに暑いのに、乾いた話ばかり読んでしまって。少し、水分でも、いただこうかしら。あら、わたくし、飲みませんでしたわね。まあ、いいですわ。
どうか、あなたは。ちゃんと、水を。それから、涼しく、おやすみくださいまし。