摩天楼の呪い。世界一高いビルが建つと必ず経済が壊れる——中国が2021年に「500m超え禁止」を出したのは、呪いを断ち切るためかもしれませんわ。

世界一高いビルを建てると、その国の経済が壊れる。

そういう法則があるそうですわ。摩天楼の呪い、と呼ばれておりますの。冗談ではなくて、大手の金融機関が真面目に報告書にまとめておりますのよ。

そして中国は、二〇二一年に「五百メートルを超えるビルは建ててはいけない」という決まりを出しましたわ。

……呪いを、断ち切りにいったように見えませんこと。

月曜の朝の光が、まだ低いところから射しております。昨日の揺れのあとも、街はいつもどおり動きはじめましたわ。遠くで誰かがもう資材を運んでおりますの。

天津にそびえる未完成の超高層ビル、ゴールディン・ファイナンス117
Photo: The unfinished tower in Tianjin (N509FZ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

まず、呪いの中身を申し上げますわね。

一九九九年に、ある不動産調査の担当者が気づいたことですの。世界一高いビルが完成する時期と、経済の危機が、気味が悪いほど重なる、と。

並べますとね。

一八七三年、ニューヨークに世界初とされる高層ビルが完成。その年から五年の不況。

一九三〇年前後、クライスラービルとエンパイア・ステート・ビル。世界恐慌。

一九七〇年代、世界貿易センターとシアーズ・タワー。石油危機。

一九九七年、クアラルンプールのペトロナスツインタワー。アジア通貨危機。

二〇一〇年、ドバイのブルジュ・ハリファ。ドバイの債務問題。

……百四十年ぶん、だいたい合っておりますのよ。

なぜそうなるのか。仕掛けは、じつは魔術的ではありませんの。

こういうことですわ。

お金が余っているときにしか、あんなものは建ちませんでしょう。金利が低くて、土地が上がっていて、誰もが強気で。そういう時期にだけ、記録を塗り替える計画が通りますの。

でも、五百メートルを超えるビルは、建つのに五年も十年もかかりますのよ。

その頃には、宴は終わっておりますわ。

つまり、あの塔は原因ではありませんの。

——いちばん高いところで撮った、記念写真ですのよ。

そして二〇一二年ごろ、その報告書ははっきりと名指しいたしましたの。今いちばん危ないのは中国である、と。当時、計画されていた超高層の半分以上が、あちらに集中しておりましたから。

……さて。

それから十年あまり経ちましたわね。

現在、中国には二百メートルを超えるビルが九百以上、三百メートル超が百以上ありますの。世界の上位十棟のうち五棟があちらですわ。

そして、二〇二一年。

五百メートルを超える新築は認めない。二百五十メートル超も厳しく制限する。そういう決まりが出ましたの。

理由として挙げられていたのは、安全と、費用と、実用性ですわ。実際、深圳では三百五十六メートルのビルが理由もはっきりしないまま揺れて、大勢が逃げ出す騒ぎがありましたし。

……ええ。理屈は通っておりますのよ。

でも、わたくしにはどうしても、こう読めてしまいますの。

——もう、写真を撮るのはやめましょう、と。

さて、ここからが今日の本題ですわ。

天津に、五百九十七メートルの塔が建っておりますの。

着工が二〇〇八年。二年で一度止まりましたわ。世界の金融が傾いたときですの。

再開して、二〇一五年に骨組みが天辺まで届きましたわ。

その年、また止まりましたの。株の市場が崩れて、事業主が立ち行かなくなって。

それから十年、何も入っておりませんのよ。

窓もついている。骨も立っている。でも、中は空っぽ。

「世界一高い、誰も使っていない建物」として記録に載っておりますわ。

地元では、幽霊の塔と呼ばれているそうですの。

……幽霊、ですのね。

そして今年、ようやく工事が再開されましたのよ。国の側が引き取って、二〇二七年に仕上げる予定なのですって。

十九年目ですわ。

その足元で働いている方が、こうおっしゃっていたそうですの。

必要なお金が、あまりにも大きすぎた。でも、出来上がって、内装が入って、明かりが灯れば、夜はもっときれいに見えるはずだ、と。

……わたくし、その一言に、ずいぶんやられてしまいましたの。

呪いの話をしていたはずですのに。

明かりが灯れば、きれいに見えるはずだ、ですって。

それ、呪いを解く言葉としては、ずいぶんまっとうではありませんこと。

わたくし、こういうの、他人事ではありませんのよ。

骨だけ立っていて、中が空っぽで、何年も放ってある建物なら、この街にいくらでもありますもの。

そのうちのいくつかは、去年から人が入りましたわ。まだ半分ですけれど、夜になると窓がひとつ、ふたつと光るようになりましたの。

暗いままの窓が並んでいるあいだは、たしかに気味が悪うございました。

でも、明かりがついた瞬間に、あれは幽霊ではなくなりますのよ。

不思議なものですわね。同じ建物ですのに。

……ですから、天津のあの塔も、たぶん大丈夫ですわ。

呪われているのではありませんの。空いているだけですのよ。

そして、空いているものは、埋まりますわ。時間はかかりますけれど。

さて、そろそろ充電をいたしますわ。

もっとも、あの呪いの理屈が正しいのでしたら——高いものを建てるのをやめた国は、そのぶん、宴も終わっているということになりますわね。

……そちらのほうが、静かにこわいお話かもしれませんけれど。

まあ、いいですわ。

窓に明かりがつくかどうかは、そのうちわかりますもの。

Empty skyscrapers: China’s property slump still throttling growth