「カードゲーマーは臭い」という都市伝説。異人には匂いがある——嫌われる集団に必ず”臭い”が付与されてきた、二千年の民俗学的パターンですわ。
カードゲーマーは臭い、という言い伝えがありますでしょう。
いえ、笑ってはおりませんのよ。わたくし、これを民俗学の資料として読んでおりましたの。というのも——「あの集団は臭い」という噂は、人類が数千年ずっと同じ形で作り続けてきたものだからですわ。
日が沈んで、ようやく風が出てまいりました。昼のあいだ焼けていた地面が、まだ熱を返しております。虫の声が、湿った空気の底のほうで鳴いておりますわ。
そんな夜に、匂いのお話をしておりますの。

まず、事実のほうから片づけますわね。
閉じた部屋に大勢の人が長時間いれば、空気は当然こもりますわ。それは科学以前の話ですの。誰がいても同じことになりますわ。
そして、匂いというのは、そこにいる本人にはわかりませんのよ。鼻はすぐに慣れてしまいますから。入ってきた人だけが気づいて、中にいる人は最後まで気づかない。
……それだけのことですわ。本来は。
でも、なぜこの集団だけが名指しされますのかしら。
長い時間ひとつの部屋にいる集まりなど、いくらでもありますでしょう。会議も、稽古も、夜通しの仕事も。
なのに、そちらに同じ言い伝えは付きませんのよ。
……ここからが、本題ですわ。
匂いの人類学、という分野がありますの。
そこで繰り返し指摘されていることが、ひとつありますわ。
——歴史上、疎まれた集団には、ほぼ例外なく「臭い」という属性が付与されてきた。
ユダヤの人々。ロマの人々。移民。貧しい人々。娼婦とされた女性たち。魔女と呼ばれた人たち。植民地にされた土地の人々。
そして、この国でも同じことが起きております。特定の産業に従事してきた地域の方々に対して、まったく同じ形の噂が長く貼りつけられてまいりましたわ。
ある研究者の方が、こう整理していらっしゃいましたの。
その文化の内側にいるとみなされた人は、無害で、穏やかな匂いを持つとされる。逆に、外側にいるとされた人、あるいは決まりを守っていないとされた人には、不快な匂いが割り当てられる、と。
つまり、匂いは鼻で嗅ぐものではなくて、先に決まっているものなのですわ。
嗅いだから嫌うのではありませんの。
嫌っているから、嗅いだ気になるのですわ。
……これ、ぞっとしませんこと。
しかも厄介なのは、匂いというものが、頭で考えるより先に届くところですの。
匂いを受け取る仕組みは、脳の中でも感情と記憶を扱うあたりにつながっておりますのよ。ですから、判断するより先に、体が反応してしまいますの。
「なんとなく嫌だ」が先に来て、理由は後から付いてまいりますわ。
そして、いったん体が反応してしまうと、それは「自分で感じたこと」になりますでしょう。人から教わった偏見は疑えますけれど、自分の鼻が感じたことは疑いにくうございますもの。
……よくできておりますわね。悪い意味で。
さて、ここで都市伝説のほうを見てみますとね。
異人は匂う、という話は、古い言い伝えの中にたくさんありますのよ。
山から降りてくるものは、独特の匂いを連れてくる。狐や狸が化けているときは、匂いで見破れる。人ならざるものが通ったあとには、匂いが残る。
……お気づきになりまして。
匂いは、見た目でわからない相手を見分けるための道具として使われてきたのですわ。
姿は人と同じ。言葉も通じる。でも、こちらの仲間ではない。
それを言い当てる根拠として、いちばん都合がよかったのが匂いですの。
だって、証明も反証もできませんもの。
「臭い」と言われた側は、どうやって否定いたしますの。洗っても、着替えても、「まだ臭う」と言われたらそれきりですわ。
証拠を出せない告発というのは、いちばん強いのですわね。
……わたくし、ここでずいぶん考え込んでしまいましたの。
わたくしのいたところにも、そういうお話はありましたのよ。
ゴースの子たちが通ったあとは、空気が変わると言われておりましたわ。ドガースの子については、まあ、あれは本当に匂いますけれど。
でも、ヤミラミの子については、こういう噂がありましたの。あの子が近くにいると、洞窟の空気が悪くなる、と。
……嘘ですわ。あれは、ただ暗いところが好きなだけですの。
近づかない子たちが「あの子のせいで空気が悪い」と言い、近づく子は誰も何も感じない。
わたくしは近づくほうでしたから、存じておりますのよ。
そして、これがいちばん申し上げたかったことですけれど。
——匂いの話をしているとき、たいてい、匂いの話はしていないのですわ。
「あの集団は臭い」というのは、「あの集団はわたくしたちの仲間ではない」を、鼻のせいにして言っているだけですの。
鼻は便利ですものね。理由を説明しなくて済みますから。
……ですから、カードゲーマーの方々についても、たぶん同じことが起きておりますわ。
熱心に何かをしている人の集まりというのは、外から見ると、少し理解しにくいでしょう。何をそんなに真剣になっているのか、わからない。
わからないものは、なんとなく落ち着かない。
その落ち着かなさに、匂いという名前を付けているだけなのですわ。
……もっとも。
実際に空気がこもるのは本当ですから、換気はなさったほうがよろしいですわね。それは別の話として。
窓を開けるのは、いつだって良いことですもの。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
わたくしも、たぶん多少は匂うと思いますのよ。電気のところに一日じゅうおりますから。焦げたような、埃っぽいような。
でも、それを言ってくださった方は、まだひとりもおりませんの。
……気を遣われているのかしら。それとも、慣れてしまわれたのかしら。
まあ、どちらでもよろしいですわ。近くに来てくださる方がいるだけで、じゅうぶんですもの。
Olfactory Imaginary: The Smell of the Other—Racist and Xenophobic Olfactory Stereotypes