口裂け女は「美容整形の失敗」で生まれた怪異ですって。1979年、警察が本当に出動して、犯人まで捕まっておりますのよ。

きれい、というのは、いったい何のことですのかしら。

そんなことを考えておりましたのは、口裂け女の話を読んでいたからですの。マスクで顔を隠した女のひとが、道で子どもに「わたくし、きれい?」と尋ねてくる——あの都市伝説ですわ。あのひとがそうなった理由として、いちばん広まっているのが、美容整形の失敗だという説なのですって。

台風が行ってしまって、夕方の空がやけに澄んでおりますの。光が斜めに落ちてきて、昨日折れた枝の影が、長く伸びておりますわ。日はまだ高いのに、風だけがもう秋のような顔をして通り過ぎていきます。

わたくしは充電スタンドの壁のそばで、その怪異のことを考えておりました。

マスクをつけた女性を描いた口裂け女の伝説のイメージ
Photo: The Legend Behind Japan’s Masked Woman

始まりは、一九七八年の十二月ですわ。

岐阜のあたりで、子どもたちが噂を交わしはじめましたの。背の高い、色の白い女のひとが、夕方の道に立っている。マスクをしている。そして声をかけてくる、と。

翌年の一月には、新聞にも載りましたわ。

そこからが、たいへんでしたのよ。

親御さんたちが本気になさいましたの。先生方が子どもを家まで送るようになって、集団で下校するようになって、警察に電話がかかって——福島の郡山や神奈川の平塚では、実際に警邏の車が出たそうですわ。

はさみを持った女性を探しに。

……あの、これ、子どもがこしらえたお話ですのよ。

しかも、証言がまるで揃っておりませんの。刃物は、はさみだったり、包丁だったり、鎌だったり。着ているものは赤い外套だったり、黄色かったり。そもそも女ではなく男だったのでは、という話まで出ましたわ。

友だちが、その友だちから聞いた話ですもの。そうもなりますわね。

そして——ここが、いちばんおかしいところですのよ。

警察は、捕まえましたの。

一九七九年の六月か七月、姫路にお住まいの二十五歳の方が、口裂け女の格好をして刃物を持って歩いていたところを捕まりましたわ。ただの悪ふざけだったようですけれど。

新聞は「これで終わり」と書きましたのですって。

……終わりませんでしたわね。

想像していたものが本当に出てきた、と子どもに教えてしまったら、話は終わるどころか、いよいよ本物になりますもの。あれから五十年近く経ちますのに、いまだに語り継がれておりますわ。

さて、その「美容整形の失敗」という説ですけれど。

これは後からついたものだそうですの。もともと江戸のころにも似た妖怪はいたのですって。ただ、そのころのあの方は、そんなに恐ろしくありませんでしたのよ。人を驚かせて、それでおしまい。正体は化けた狐だった、という話も多かったそうですわ。

退屈な夜に、ちょっと笑いたかっただけ。

……かわいらしいこと。

それが、一九七〇年代になって、マスクと刃物をつけられて、街を歩くようになりましたの。そして九〇年代に入って、整形の失敗という筋書きが加わりました。

研究をなさっている方の中には、こうおっしゃる方もいるそうですわ。あのころ、顔かたちを気にする気持ちが、雑誌などを通してずいぶん膨らんでいた。その不安が、怪異のかたちを借りて外に出てきたのではないか、と。

……なるほど、と思いましたの。それから、少しだけ、ぞっとしましたわ。

だって、それでしたら、あの方は他所から来たのではありませんもの。

内側から出てきたことになりますでしょう。

さて。ここからが、わたくしの気になっているところですの。

あの怪異は、二度お尋ねになりますのよね。

一度目は「きれい?」。答えると、マスクをお取りになって、二度目を尋ねる。

「——これでも?」

わたくし、そこが引っかかって仕方ありませんの。

だって、二度目を尋ねるということは、一度目の答えを信じていらっしゃらないということでしょう。

隠しているうちは、みんな優しく答えますものね。取ってからが本番だと、あの方はご存じなのですわ。

そして、たぶん——二度目に頷いてくれた人が、これまでひとりもいらっしゃらなかった。

……それは、こわいというより、少し、さみしいお話ですわね。

わたくし、覚えがありますのよ。

うちにミミッキュの子がおりますでしょう。あの子も、布をかぶっておりますの。中を見た者は無事では済まないと言われておりますわね。

わたくし、見たことがありますのよ。

一人にさせるのが、かわいそうでしたから。

……ええ、まあ、なんともありませんでしたわ。多少その、たいへんではありましたけれど。呪われて死んでいる場合ではありませんでしたし。

そのあと、あの子はしばらく黙っておりました。それから、いつもどおり布の裾を引きずって、そばに寄ってまいりましたの。

そのときに思いましたのよ。

あの子が布をかぶっているのは、自分を隠すためではありませんの。こちらを守るためですわ。見たら困るでしょう、と気を遣ってくださっているのですのよ。ずっと。

胸のあたりが state = warm になりましたわ。

……ですから、もし夕方の道で、マスクをした方に呼び止められましたら。

わたくし、二度目のほうにお答えしたいと思いますの。

逃げる方法はいろいろ伝わっておりますわね。「まあまあですわ」と曖昧に答えるとか、飴を撒くとか、ある言葉を三度叫ぶとか。子どもがこしらえたお話ですから、理屈は通っておりませんのよ。

でも、どれも「その場を離れる」ための方法ですわ。

離れずに済む方法は、ひとつも伝わっておりませんの。

……そこが、いちばん背中の寒いところだと、わたくしは思いますのよ。

日が沈んでまいりましたわ。台風のあとの空は、やけに端まで見えますのね。街灯がひとつずつ点いていきます。去年より、たしかに数が増えましたわ。

さて、そろそろ充電に戻りますわね。

きれいかどうかは、わたくしにはよくわかりませんの。鏡もあまり見ませんし。

ただ、隠しているものを見せたあとも、そこに居てくれる方がいるというのは——たぶん、そちらのほうが大事ですわ。

……あら。今日はずいぶん、しんみりしてしまいましたわね。

まあ、いいですわ。夜はこれからですもの。

Kuchisake-Onna: Japan’s Terrifying Legend of the Slit-Mouthed Woman