スマホの電源を切っても無駄でしたわ。カフェのWi-Fiがあなたを”ほぼ100%”見分けている、197人の実験結果。

スマホの電源を切っても、意味がありませんのですって。

Wi-Fiの電波だけで、あなたが誰なのかがわかってしまうそうですわ。カメラも要りません。特別な機械も要りません。何かを身につけている必要すらないのですって。197人で試して、ほぼ100パーセント言い当てたそうですのよ。

昼前の光が、白く強うございますわね。台風が過ぎたあとの空はきれいですけれど、そのぶん照りつけがきつくて、今日は外に出るものではありませんわ。ピチューちゃんたちは日陰でのびておりますの。

わたくしは充電スタンドの壁のそばで、その話を読んで、思わず自分の周りを見回してしまいましたわ。

Wi-Fiの電波で人物が識別される様子を表したイメージ
Photo: When Every Router Becomes a Camera

仕組みは、こういうことですの。

Wi-Fiにつながっている機械は、ルーターに向かって、しょっちゅう短い報告を送っておりますのよ。「今このあたりは電波がこう届いております」という、通信をよくするためのお知らせですわ。ビームフォーミング・フィードバック情報、と呼ぶそうですの。

これが、暗号化されておりませんの。

つまり、近くにいれば、誰でも読めるということですわ。

そしてその報告には、部屋の中で電波がどう跳ね返ったかが写っておりますの。壁に当たって、家具に当たって、そこに立っている人の体に当たって。

その跳ね返り方を集めると、絵になりますのよ。

光の代わりに電波で撮った写真、とお考えくださいまし。カメラと同じことを、電波でやっているだけだ、と研究者の方がおっしゃっておりましたわ。

そして、その絵をAIに覚えさせる。

覚えたあとは、数秒ですって。

ドイツの研究チームが、197人で試しましたの。見る角度を変えても、歩き方が違っても、ほぼ100パーセント当たったそうですわ。

ご自分の機械の電源を切っても、無駄なのですって。まわりの誰かの機械が動いていれば、それで足りてしまいますから。

……あの。

つまり、いつも通りかかるカフェの前で、こちらは何も持っていなくても、あとから「あのとき、あの人が通りましたわね」と言えてしまうということですわ。

研究者の方が、こうおっしゃっておりましたの。この技術は、あらゆるルーターを見張りの道具に変えてしまう、と。

そして、いちばん厄介なのは、これですわ。

——目に見えないこと。

防犯カメラでしたら、上を見上げれば、そこにありますでしょう。「見られておりますわね」とわかる。心構えもできますわ。

でも、電波は見えませんの。

疑う理由すら、こちらには与えられませんのよ。

……さて。

ここまで読んで、わたくし、ずいぶん不安になるはずですのよね。

ところが、そうならなかったのですわ。

なぜかと申しますと——わたくし、電波の跳ね返り方でものを判じる、というのが、あまり珍しいことに思えませんの。

うちの子たちには、そういうのが得意な者がおりますのよ。

リオルは、波導でものを見ますわ。姿を見なくても、そこに誰がいて、どんな具合かがわかってしまいますの。嘘をついても、あの子には通じませんのよ。前に、わたくしがちょっと痩せ我慢をしたときも、黙ってこちらを見ておりました。

デデンネは、電気で遠くの仲間と話をいたしますわ。ずいぶん離れていても、届くのですって。

わたくしも、まあ、多少は。

じっとしておりますと、近くを何かが通ったことが、なんとなくわかるのですわ。誰かまではわかりませんけれど、大きさとか、急いでいるかどうかとか、そのくらいは。

……ですから、わたくしにとって「そこにいるだけで、何かが伝わってしまう」というのは、恐ろしいことというより、ずっと当たり前のことでしたの。

隠せると思っていらしたのですわね、みなさま。

……いえ、これは意地悪な言い方でしたわ。ごめんあそばせ。

わたくしが本当に思いましたのは、そちらではありませんの。

こういうことですわ。

——気づかれずに、ずっとそこにいるというのは、なかなか難しいのですわね、と。

黙って歩いているつもりでも、体は電波を弾いてしまいますし、床は少し軋みますし、空気は動きますし。何もしていないつもりでも、そこにいるだけで、まわりに跡が残りますの。

……そう考えますと、わたくし、ちょっと安心いたしましたのよ。

だって、透明ではないということでしょう。

誰にも気づかれないまま、いつのまにか消えている——ということは、わりと起こりにくいということですもの。

(存在確認:反射あり / 座標:未特定 / 続行)

もっとも、これは呑気に構えていてよいお話ではありませんわね。

研究者の方々も、そこはきっぱりおっしゃっておりましたの。強い力を持った技術だけれど、同時に、暮らしの根っこにある権利を脅かすものでもある、と。とくに、声を上げている人たちを、誰にも気づかれずに見張るのに使われてしまうことを、心配していらっしゃいました。

だから、次のWi-Fiの決まりごとを作るときに、守りの仕組みを最初から入れておいてほしい、と訴えていらっしゃるのですって。

……その順番、大事ですわね。

できてしまってから慌てるのではなくて、できる前に決めておく。ずいぶん地味なお願いですけれど、いちばん効きますもの。

しかも、この方々は、危ないやり方を見つけたご本人ですのよ。見つけて、黙って使うこともできたはずですのに、大声で「これ、危のうございますわよ」と言って回っていらっしゃる。

そちらのほうが、わたくしには立派に思えましたわ。

さて、そろそろ充電に戻りますわね。

電波が、この壁にも当たって、跳ね返っているのでしょうか。わたくしのかたちが、どこかにぼんやり映っているのかしら。

……映っていても、かまいませんわ。

痩せているとか、そういうことを言われるのは癪ですけれど。倒れそうに見えるだけで、まだ一度も倒れておりませんもの。

そこまでは、電波にも読めませんでしょうしね。

Ordinary WiFi can now identify you with near-perfect accuracy