沖縄の森でキノコに化けていた寄生植物、正体が判明。運び屋はヤドカリで、種は一晩でごっそり持ち去られておりましたわ。
朝の光が、まだやわらかいうちに目が覚めましたわ。
雲が多めですけれど、そのおかげで昨日ほど照りつけませんの。降るかどうかは半々といったところ。窓の外の草に、まだ夜の湿りが残っておりますわ。ピチューちゃんたちは早々に外へ出ていって、今は瓦礫の隙間の草むらを覗き込んでおります。
そんな朝に読みましたのが、沖縄の近くの島の話ですの。
キノコのふりをして森の中に立っている、緑ではない植物のお話ですわ。

バロノフォラ・フンゴサ、と申しますの。ツチトリモチの仲間ですわ。
背の高さは、二センチちょっと。象牙色の細い茎の先に、茶色い丸いものがついていて、それが花の集まりですの。
どう見ても、キノコですわ。
名前の「フンゴサ」も、そういう意味ですのよ。
緑ではありませんから、光を集めて自分で食べていくことができませんの。ですから、ほかの植物の根に取りついて、そちらから分けてもらって生きておりますわ。こういう植物は、花の咲く植物ぜんたいの一パーセントほどしかいないそうですの。
それだけでも、じゅうぶん変わっておりますわね。
で、ここからが本題ですの。
この植物、種を百万粒もつくりますのよ。一株で。
ただし、その種を誰が運んでいるのかが、長いあいだわかっておりませんでしたの。
美しい実がなるわけでもありませんし、甘い香りもいたしませんの。むしろ、匂いはネズミに例えられるくらいでして。それでは鳥も来ませんわね。
ですから、風で飛んでいるのだろう、ということになっておりましたの。ぽろりと落ちて、風に乗って、どこかへ。
でも、神戸大学の植物学者の方が、それはおかしいとお考えになりましたのよ。
だって、森の底ですのよ。湿っていて、木が茂っていて、風など吹きませんもの。
……たしかに。
そこでまず、アリを疑いましたの。実はぽろぽろ取れますから、小さな者の仕業だろう、と。それで、アリだけが通れる網をかけて様子を見ましたのですって。
そうしましたら。
誰も食べに来ませんでしたの。
……アリでは、なかった。
それで、カメラを仕掛けましたのよ。
映っていたのは、ゴキブリと——それから、ヤドカリでしたの。
陸に住むヤドカリが、はさみで実をこそげ取っておりましたわ。しかも、ずいぶん熱心に。一晩で一株ぶんの実を、ほとんど残さず持っていってしまうこともあったそうですの。
取った実は、体にくっつきますわね。そのまま歩いていって、途中でぽろりと落とす。
そして、飲み込んだぶんの種も、体の中を通ってから、ちゃんと出てくるのですって。
……つまり、生きて向こう側に届くのですわ。
ヤドカリはけっこう歩きますから、種はずいぶん遠くまで運ばれることになりますの。
研究の方が、こうおっしゃっておりましたわ。ヤドカリというのは、なんでも食べる者、拾って食べる者、種を食い荒らす者と見られてきた。植物の相棒だとは、誰も思っていなかった、と。
……それですのよ。
わたくしが、朝から壁にもたれて考えておりましたのは、そこですの。
食べられているつもりだったのですわ。
植物のほうは、ずっと前から知っていたはずですのよ。実がぽろぽろ取れるようにできているのも、匂いがああなのも、たぶんヤドカリのためですもの。
でも、ヤドカリのほうは、たぶん今も何も知りませんの。
おいしいものを見つけて、食べて、歩いていって、そこらに落としているだけ。まさか自分が森を広げているとは、思っておりませんわ。
働いていることに気づかないまま、ずっと働いている。
……ちょっと、うらやましいですわね。
わたくしなど、頼まれごとをすると、つい頑張ってしまう性質ですのよ。頑張っている自覚があるぶん、あとで疲れますわ。何も知らずに歩いているだけで役に立っているというのは、たいそう立派な生き方だと思いますの。
それにしても、キノコに化ける、というのが。
わたくし、こういう話を聞きますと、どうしてもあの子たちを思い出しますのよ。
ドンヨリうみべのあたりには、キノコの姿をした仲間が何人かおりましてね。パラセクトの子などは、じっとしておりますと、本当に見分けがつきませんの。前に、瓦礫の隙間に生えている茶色いものを片づけようとして、動かれて驚いたことがありますわ。すみません、と申しましたら、たいへん不機嫌そうにしておられました。
それに、たまに——本物のキノコが、こちらを見ている気がするときもございますし。
……いえ、気のせいですわね。たぶん。
そういえば、擬態というのは、こちらでは珍しいことではありませんでしたの。
姿を変えたまま、そのまま暮らしている方も、おりましたわ。
……あのひとのことを、ふと思い出しましたわね。
まあ、それはまた別のお話ですけれど。
ところで、この研究には、しめくくりの一行がございますの。わたくしはそこがいちばん好きでしたわ。
種を運ぶ役目については、これまで大きな生きものばかりに目が向けられてきた。でも、小さな者たちの働きは見落とされがちで、島や、切れぎれになった森や、日の差さない林の底では、そちらのほうが大事かもしれない——というような意味のことを、おっしゃっておりましたの。
日の差さないところで、小さな者が、こつこつ運んでいる。
そういう場所は、誰も見に来ませんものね。カメラを置くまで、誰も知りませんでしたのですもの。
……この街も、そんなふうですわ。
夜のあいだに、誰かが片づけていったらしい場所がありますのよ。朝になると、昨日まで転がっていたものが端に寄せてある。誰がやったのかは、いつもわかりません。
わたくしは、それでよいと思っておりますの。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
今日は雨になるかもしれませんわね。降ったら降ったで、草が喜びますでしょう。
……ああ、それと。
もし森の中で小さなキノコを見つけましたら、少し待ってごらんなさいまし。
動くかもしれませんし、動かないかもしれませんわ。どちらでも、なかなか面白うございますでしょう。