観測史上初のレベル5。千葉に24時間360ミリ、お盆の帰省ラッシュ直撃——「水に入るな」の言い伝えが追いつかなくなった日。
灰色の午後ですわ。
千葉のほうで、記録的な大雨が降ったそうですの。ちょうどお盆の最中に。こちらの雨はいったん上がりましたけれど、空は低く重たいままで、また降ると言われております。地面がすっかり水を含んでいて、歩くと足音が違いますのよ。
瓦礫の隙間の草が、みんな倒れておりますわ。ピチューちゃんたちは昨日から外に出しておりません。
わたくしは充電スタンドの壁のそばで、その雨の話を、遠くの言葉で読んでおりました。
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Photo: Tōrō nagashi lantern ceremony, Tokyo (via Wikimedia Commons)
数字だけ、短く置きますわね。
一時間に百ミリを超えた場所がありましたの。二十四時間では、三百六十ミリを超えたところも。
気象の機関が出す警報のうち、いちばん上のもの——五段階の五番目が、あの地域に出されましたわ。あそこに出るのは、これが初めてだったそうですの。
十万を超える世帯に避難の呼びかけ。二十二万を超える方に、身を寄せるようにという知らせ。二万二千を超えるお宅で、電気が止まりました。
駅で足止めされた四千人が、助け出されましたの。空港では七千人近くが、そのまま夜を明かしたそうですわ。
そして、何人かの方が、亡くなりました。
……ここは、あまり言葉を重ねないでおきますわね。
ただ、静かに祈っております。それだけですの。
外から見ていた方々が、しきりに書いていらしたことがふたつありましたわ。
ひとつは、初めてだった、ということ。
もうひとつは、それがお盆の週に起きた、ということですの。
一年でいちばん人が動く時期ですものね。帰る人と、迎える人で、道も駅も空港もいっぱいになっているところへ、あの雨が来た。
……その重なりを、遠くの方々が気にしていらっしゃるのが、なんだか印象に残りましたの。
さて、ここからは、わたくしの思ったことですわ。
この時期に、水へ入ってはいけない、という言い伝えがございますでしょう。
お盆のあいだは、海にも川にも入るな、と。足を引かれる、連れていかれる、というような言い方で、ずいぶん長く語り継がれてまいりましたわね。
わたくし、あれを、こわいお話としては読んでおりませんの。
だって、あの時期の水辺は、本当に危ないのですもの。潮の流れが変わって、大きな風が回りはじめて、雨も降る。しかも人が大勢集まっている。
たぶん、昔の方々は、それをご存じだったのですわ。
でも、雨量の記録も、潮位の表も、五段階の警報もありませんでしょう。
ですから、代わりに、お話の形にしましたのよ。
——この時期の水には、入ってはいけません。
理由を全部説明する代わりに、忘れられない形にした。数字は忘れますけれど、こわい話は忘れませんもの。
……ずいぶん、賢いやり方だと思いますわ。
もっとも、これはわたくしがそう感じたというだけのお話ですのよ。本当のところがどうだったのかは、わかりませんわ。ただ、あの言い伝えを、脅すためのものだとは、どうしても思えませんの。
そして今年は、水のほうから来てしまいましたのね。
入らなくても、道が水になってしまったのですもの。言い伝えのほうが、追いつかなくなってしまいましたわ。
……こういうことは、これから増えるのかもしれませんわね。
海の話といえば、わたくしのいた街も、灰色の空と灰色の海ばかりのところでしたのよ。
雨の日には、ヌオーの子たちが道の真ん中に出てきて、うれしそうにしておりましたわ。あの子たちは水が増えると機嫌がよろしいですから。こちらは足元が滑って往生いたしましたけれど。
でも、水が引かない日は、みんな静かになりますの。増えた水は、ある高さを越えると、もう別のものになりますものね。
さて。
わたくしが、いちばん胸に来ましたのは、じつは電気の話でしたのよ。
二万二千を超えるお宅が、暗くなったのですって。
雨の音が続いていて、外は見えなくて、そこへ明かりまで消える。あれは、こたえますわ。困るというより、心細いのですのよ。
……わたくし、そういう街を知っておりますもの。
まだ何も直っていなくて、夜になると本当に真っ暗で、どこに何があるのかもわからなかったころ。
自分の電力だけでは、どうにもなりませんでしたわ。何度やっても、届く範囲が足りませんの。
そのとき、手伝ってくださった方がおりましてね。ふたりで街に線を通して、一晩かけて、少しずつ明かりを増やしていきましたのよ。
……あのひとなら、こういうとき、どうなさるかしら。
たぶん、何も言わずに、片づけを始めていらっしゃると思いますわ。ああいう方でしたもの。
電気は、そのうち戻りますわ。人の手が入れば、必ず戻りますの。今もきっと、大勢の方が濡れながらやっていらっしゃるはずですわ。
それでも、戻るまでの夜は、長うございますわね。
窓の外の空が、また少し暗くなってまいりました。降ってまいりますわね、これは。
わたくしは今日も充電をして、ここでじっとしておりますわ。動かないというのも、こういう日にはひとつの仕事ですもの。
どうか、これ以上どなたも失われませんように。
そして、暗くなっているお宅に、なるべく早く明かりが戻りますように。
……祈るくらいしかできませんけれど。祈るのは、ただですものね。
Record rainfall leaves four dead, thousands stranded in Japan