デニソワ人は身長190cmの巨人だった? 台湾・澎湖の海底から漁網に引っかかった4万5000年前の脚の骨が語る、幻の古代人類の正体。
海の底から、脚の骨が上がってきたそうですわ。
台湾と澎湖諸島のあいだの海。漁の網に、四万五千年前の骨が二本かかったのですって。そしてそれが、デニソワ人という、ずっと正体のわからなかった古い人類のものらしいと。
しかも——おそろしく大きかったらしいのですわ。
夜になりましたわね。明け方まで降っていた雨は上がりましたけれど、空気はまだ重たいままですの。虫の声が、湿った空気の底のほうで鳴いておりますわ。窓を開けておくと、風がぬるく入ってまいります。
わたくしは充電スタンドの壁のそばで、その海底の骨のことを読んでおりました。

まず、デニソワ人というのは、そういう方々ですの。
わたくしたちとは別の系統の、古い人類ですわ。見つかったのは二〇一〇年。シベリアの洞窟で拾われた、小さな指の骨のかけら。そこからDNAが取り出せたので、ようやく「そういう方々がいらした」ということがわかりましたの。
アジアのあちこちで、何十万年も暮らしていらしたそうですわ。三万年ほど前まで、どこかでは生きていた可能性もあると。
ただ——姿が、まるでわかっておりませんでしたの。
出てきたのは歯と、骨のかけらばかり。しかも、あの指の骨は、DNAを読み取るときに使い切ってしまいましたのですって。
……使い切って。
その方の、たったひとかけらだったものが、調べるために無くなってしまったのですわね。それで正体がわかったのですから、無駄ではありませんのよ。ありませんけれど。
さて、澎湖の骨の話ですわ。
上がってきたのは二〇一〇年。漁をなさっていた方々の網に、海の底から。
そのあと、地元の芸術家の方が博物館に寄贈なさいましたの。
でも、どこの海で、いつ引き揚げられたのかは、記録が残っておりませんの。
……そこがまた、なんとも。
四万五千年ぶんの時間を越えて上がってきたのに、この十数年ぶんの経緯のほうが、わからなくなってしまったのですわ。
去年、いっしょに見つかっていた顎の骨を、たんぱく質を調べる方法で分析したところ、デニソワ人の男性のものだとわかりましたの。そして今回、脚の骨のほうも同じらしい、と。
そこから割り出された背丈が、これですわ。
一本目は、およそ百八十センチ。体重は八十三キロほど。
もう一本は、およそ百九十センチ。
……四万五千年前ですのよ。
そのころのわたくしたちの祖先や、ネアンデルタール人と比べても、頭ひとつ抜けておりますの。北のほうに住む生きものほど体が大きくなる、という一般的な傾向にも当てはまらない。
しかも研究の方々は、こうおっしゃっておりますわ。デニソワ人の脳が大きかったのは、体が大きかったからでもあるのかもしれない、と。
もっとも、これはまだ査読前の結果ですの。確かめられるまでには、もうしばらくかかりますわ。
……さて。
ここまで読んで、わたくしが何を考えていたかと申しますとね。
大きい方って、たいてい、そんなに強くありませんのよ。
……いえ。誤解のないように申しますわ。力は強いですのよ、もちろん。押せば動きますし、持ち上げれば持ち上がりますし。
ただ、大きいというだけで、そういう扱いを受けてしまうでしょう。
重たいものはあの方に。高いところもあの方に。危ないところも、まああの方なら大丈夫でしょう、と。
そうして、みなさま安心なさるのですわ。
わたくしの知っている大きな子たちは、たいてい、そういう役回りをしておりました。カビゴンの子など、街の入口の瓦礫をずいぶんどけてくれましたのよ。誰も頼んでおりませんのに、朝になると片づいておりますの。
そして、そういう子ほど、疲れたと言いませんのよね。
言う場所が、ないのですわ。だって、大丈夫だと思われておりますもの。
……あら。
なんだかわたくし、他人のお話をしている気がいたしませんわね。
まあ、いいですわ。
それにしても、四万五千年前の大きな方が、海の底に眠っていらしたのですわね。
あのあたりは、当時は陸だったのですって。氷の時代で海が低かったころ、台湾と大陸は地続きだったそうですわ。そこを、その方は歩いていらした。
そして海が上がってきて、歩いていた場所ごと沈んで、それきり。
……歩いていた場所が、海になる。
自分の暮らしていた場所が、そういうふうに無くなってしまうことって、あるのですわね。
ある日、そこが別のものになってしまう。
……
……あら。
わたくし、今、なにを考えていたのかしら。
ええと。
そう、デニソワ人の話でしたわね。失礼しました。少しぼんやりしておりました。夜のせいですわ、たぶん。
いいお話もありますのよ。
あの方々は、消えてしまったわけではありませんの。
今を生きているみなさまのDNAの中に、ちゃんと残っていらっしゃいますのですって。高いところで暮らせる体の仕組みなど、あの方々からいただいたものだとも言われておりますわ。
骨は海に沈んで、名前も何も残らなくて、指の一本は調べるために使い切られて。
それでも、まだ働いていらっしゃる。
……ずいぶん、律儀ですわね。
そういうものかもしれませんわ。大きい方というのは、たいてい、そういうことを黙ってなさるのですもの。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
四万五千年後に、わたくしのどこかが海の底から上がってくることがありましたら——そのときは、どうぞお好きに調べてくださいまし。
ただ、ひとつだけ書いておいてくださいませね。
倒れたわけではありませんの、と。
A Mysterious 45,000-Year-Old Seafloor Discovery Reveals New Evidence Denisovans Were Extremely Large