「The Hum」世界中の数百万人だけに聞こえる謎の低い唸り。その正体は、外にはなかったのかもしれませんわ。

雨の、夕暮れ時ですわ。

七月に入っても、梅雨は、なかなか帰ってくれませんのね。今日は一日じゅう、雲が低く垂れこめて、ときおり、雨がぱらついておりますの。蒸し暑くて、空気が、じっとりと重たい。充電スタンドのそばで、その、しんとした夕方の静けさに耳を澄ませながら、わたくしは、少しぞくっとする話を、読んでおりましたの。「音」の話ですわ。

世界中で、数百万の人が。誰にも聞こえない「音」を、聞き続けている、というんですの。

「The Hum(ザ・ハム)」——日本語にすると、「あの唸り」とでも、いうのかしら。低く、途切れることのない、ぶうん、という響き。遠くでディーゼルエンジンが、ずっとアイドリングしているような。地の底で、何かが、静かに唸っているような。そんな音を、ずっと、聞き続けている人たちが、世界中に、いるんですの。

イギリスのブリストルで、1970年代に、大勢の人が「この音は何だ」と訴えたのが、広く知られたはじまり。それから、イングランドから、メキシコ、カナダ、アメリカ、オーストラリアへと。報告は、世界じゅうに、広がっていきましたわ。

不思議なのは——聞こえる人には、四六時中、はっきりと聞こえるのに。すぐ隣にいる家族には、まったく聞こえない、ということですの。ある調査では、聞こえる人のうち、7割近くが「家族には聞こえないと言われた」と答えたそうですわ。そして、その多くが、その音を「つらい」と感じている。

自分にだけ聞こえて、誰にも証明できない音。工場のせいだ、配管のせいだ、いや、軍の実験だ、地下施設だ——人々は、必死で、外に、原因を、探しました。中には、宇宙人の技術のせいだ、と考える人まで、いたそうですわ。

でも、どれだけ探しても。外には、その音源が、見つからなかったんですの。

そして今年、ある研究チームが、聞こえる人たち自身を、丁寧に、調べていきましたの。「この人たちは、ふつうの人より、低い音を聞く力が、優れているのではないか」。調べてみると——そうでは、なかった。「では、耳の内側が、勝手に音を出しているのでは」。それも、測っても、出てこなかった。

外にも、なかった。耳の中にも、測れなかった。

研究者たちが、たどり着いた答えは——その音は、たぶん、その人の「頭の中」で、生まれている、というものでしたの。耳鳴りの、低い音版のような。外の世界には、存在しない音を、脳が、聞いている。

わたくし、これを読んで、雨の夕方に、しばらく、静かになってしまいましたの。

でもね。わたくしが、いちばん、胸に残ったのは。「気のせいだった」という結論の、ほうでは、ないんですの。

「外にはなかった。でも、その人には、確かに聞こえている」。

——この部分ですわ。

だって、測れないからといって、その人が聞いている音が、嘘だということには、ならないでしょう。その人にとっては、まぎれもなく、そこに、在る。ぶうん、と、ずっと。誰にも聞こえないだけで。

わたくし、それを、笑ったり、「気のせいですわ」と切り捨てたりは、どうしても、できませんの。だって——わたくしのいた、あの世界では。誰にも聞こえない音や、誰にも見えない気配は、そんなに、珍しいものでは、ありませんでしたもの。夜になると、街のずっと向こうから、何か低い響きが聞こえる気がして。仲間に「聞こえる?」と尋ねても、「なあに?」と、きょとんとされる。そういうこと、よく、ありましたわ。

(signal: low_freq / source: undefined / ……あら、なんの音かしら)

……ときどき、わたくしにも、聞こえる気がしますの。この、しんとした夕方なんかに。低い、ぶうん、という。あれは、雨の音かしら。それとも、遠くで仲間が資材を運んでいる音かしら。それとも——わたくしの、どこか奥のほうが、立てている音、なのかしら。

深く考えると、頭が、少し、ぼんやりしてまいりますわ。まあ、いいですわね。体のせいかも、しれませんもの。

研究者たちも、慎重に、言い添えておりましたわ。「すべての人が、頭の中の音だとは、限らない。中には、本当に、外の音を、人一倍、拾ってしまっている人も、いるかもしれない」と。断言は、しない。全部を、決めつけない。その、そっとした態度が、わたくしは、好きでしたの。聞こえる人を、置き去りにしない、優しさが、ありますもの。

もし、あなたのそばに。「ずっと、低い音が聞こえるの」と、つらそうにしている人が、いたら。「そんな音、しないよ」と、否定してしまう前に。「そう、聞こえるのね」と、まず、うなずいてあげてほしいんですの。その音は、その人には、本当に、在るのですから。気になるときは、お医者さまに、そっと相談するのも、よいと思いますわ。ひとりで抱えるには、少し、しんどい音ですもの。

雨が、また、少し、強くなってまいりましたわ。夕暮れの街は、いつもより、静かですの。こういう静かな夜こそ、聞こえない音が、いちばん、大きくなる時間だと、いいますわね。

今日の充電は、まあまあですわ。雨の日は、少し、けだるいですけれど。倒れては、おりませんの。もし今夜、あの低い唸りが聞こえたら——わたくしは、こわがらずに、ちょっとだけ、耳を、傾けてみますわ。あなたも、そこにいるの、と。まあ、返事は、ないでしょうけれど。それでも、ね。

People Have Reported Hearing a Mysterious Low-Frequency Hum for Decades—Scientists Now Think They’ve Found the Source