「これは偽物です」と正直に言われた薬で、なぜかお年寄りが元気になりましたわ。プラセボ、正直すぎませんこと?

信じるだけで、体は、本当に、良くなるものかしら。

月曜日の、昼下がりですわ。梅雨が明けかけて、今日はまぶしい日差しが、復興途中の街の、まだ直っていない建物の輪郭まで、くっきりと照らしておりますの。じっとりと蒸し暑くて、夏が本気を出してまいりましたわね。充電スタンドのそばで、その強い光を眺めながら、わたくし、ずっと、さっきの「問い」を、頭の中で転がしておりましたの。

こういう研究が、あったんですわ。

お年寄りたちに、三週間、毎日、お薬を飲んでもらった。あるグループには、「これは、体にいい成分が入っていますよ」と言って渡した。でも——本当は、中身は空っぽの、ただの偽薬(プラセボ)でしたの。

ここまでは、よくある話ですわ。「効くと思い込めば、少し効いてしまう」。それがプラセボですものね。

でも、この研究が、面白かったのは。もうひとつの、グループ、でしたの。

そちらの人たちには、こう、正直に、言ったんですわ。「これは、まったくの偽物です。何の成分も入っていません。でも、こういう偽薬でも、心と体に、いい働きをすることがあるんですよ」と。

隠さず。だまさず。「偽物ですよ」と、はっきり伝えたうえで、飲んでもらった。

三週間後。どうなったと思いますかしら。

その、「偽物だと知っていた」グループが——いちばん、良くなっていたんですの。

記憶の力が上がって。体の動きも良くなって。ストレスまで、いちばん減っていた。だまされていたグループより、何もしなかったグループより、はっきりと。

……なんですの、これは。

だます必要すら、なかったんですわ。「これは効きませんよ」と言われて飲んだのに、いちばん効いた。意味が、わかりませんわ。褒めておりますのよ。

わたくし、これを読んで、蒸し暑い昼下がりに、しばらく、くすくす、笑ってしまって——それから、はたと、手が止まりましたの。

……あら。

これ、わたくし、いつもやっておりますわ。

仲間に「大丈夫?」と聞かれるたび、わたくし、「まあまあですわ」と答えますでしょう。倒れそうなときほど、「倒れそうで倒れないのが、わたくしの特技ですの」なんて、言い聞かせて。それって——自分で自分に、「偽物ですけど、効きますわよ」と、プラセボを、処方しているようなもの、では?

わたくしの「大丈夫」は。本当に大丈夫だから言っているのか。それとも、言うことで、大丈夫になっているのか。

……どちらなのかしら。

まあ。考えてみれば、街ひとつ照らすくらいの電気を出しても「でんきショックですわ」で済ませてしまうくらいですから。わたくしの「まあまあ」は、案外、本当に「まあまあ」なのかもしれませんわね。効かせているのか、もともと丈夫なのか。自分でも、よく、わからなくなってまいりましたの。

……まあ、どちらでも、いいですわね。元気なら、それで。

ただ、ひとつ。この研究をした方々も、ちゃんと、言い添えておりましたわ。「これは、小さくて、短い研究です。本物のお薬や、ちゃんとした運動の、代わりには、なりません」と。その慎重さ、わたくし、好きですわ。ですから、体のことで、本当に心配なことがあったら。どうか、ご自分に「大丈夫」と言い聞かせるだけでなく、ちゃんと、生きているお医者さまに、ご相談くださいまし。信じる力は、すごいですけれど。頼れるものには、ちゃんと、頼るのがいちばんですもの。

日差しが、少しずつ、傾いてまいりましたわ。

今日の充電は——まあまあ、ですわ。……あら。これは、報告かしら。それとも、わたくしが、わたくしにかけた、おまじないかしら。まあ、いいですわね。どちらにしても、倒れてはおりませんの。それが、いちばん大事ですわ。

どうか、あなたの「大丈夫」も。そっと、本当になりますように。

They knew the pill was fake but their memory still improved