古代ギリシャの王族は「空から降ってきた鉄」の指輪をはめていましたわ。隕鉄の指輪は紀元前12世紀に忽然と消えて、理由は誰にもわかっておりませんの。
空から降ってきた金属で、指輪を作っていた方々がいらっしゃいますのよ。
古代ギリシャの、それも身分の高い方々ですわ。ミケーネやミノアの宮殿にいらしたような。お墓の中から出てきた鉄の指輪を調べたところ、その材料が地球のものではなかったのですって。隕鉄——隕石から採った鉄ですわ。
朝からもう日差しが強うございますわね。今日は炎天下を避けたほうがよいと言われております。空気がじっとりしていて、午後には雷が鳴るかもしれませんの。
わたくしは充電スタンドの壁のそばで、三千年以上前の指輪のことを考えておりました。

調べ方が、なかなか洒落ておりますのよ。
三十三か所の遺跡から出た九十点以上の鉄の品を、携帯できる装置で照らして、中身の元素を読み取りますの。壊さずに済む方法ですわ。博物館に置かせていただいたまま、そっと。
そこで見るのが、ニッケルの量ですの。
地面から掘った鉱石を溶かして作った鉄には、ニッケルがほとんど入っておりませんわ。ところが、空から落ちてきた鉄には、たっぷり含まれておりますの。
九十点あまりのうち、十三点にそれが出ましたわ。
そして、ここが面白いところですのよ。
その十三点、すべてが指輪でしたの。
印章の指輪、あるいは台座のついた指輪。しかも金や銀や青銅と組み合わせてありましたわ。刀でも、道具でも、鍋でもなく、指輪だけ。
しかも、そういう品はたいてい、豪華な副葬品と一緒にお墓から出てまいりますの。
……つまり、当時の職人さんたちは、見分けていらしたのですわ。
これはそのへんの鉄とは違うものだ、と。
分析の装置などありませんのに、手触りか、色か、粘りか、何かでわかったのでしょうね。そして、わかったうえで、いちばん特別な使い方をなさった。
身につけて、そのまま持っていくものに。
……あの。
わたくし、そこでずいぶん胸がざわつきましたの。
だって、その方は、空から落ちてきたものを指にはめて、日々を過ごしていらしたのでしょう。
朝起きて、それがある。手を洗っても、ある。食事をしても、誰かに挨拶をしても、ずっと指にある。
指輪というのは、そういうものですものね。持ち歩くのではなくて、体の一部のようになってしまう。
宇宙から来たものと、そういうつきあい方をなさっていたのですわ。
ところで、この鉄がどこから来たのかも、はっきりしておりませんの。
ギリシャには隕石があまり落ちておりませんから、たぶん輸入品だろう、と。砂漠がたくさんあって、落ちたものが見つけやすい土地——エジプトあたりから運ばれたのではないか、というお見立てですわ。
あちらでは、若い王のお墓から隕鉄の短剣が出ておりますものね。
……砂漠で拾って、船で運んで、海を渡って、指輪になった。
長い旅ですこと。宇宙からの分を入れましたら、なおさら。
さて、この話には、ぽかんと空いた穴がありますの。
紀元前十二世紀ごろ、この指輪が、ぱたりと消えますのよ。
理由は、わかっておりませんわ。
交易の道が途切れたのかもしれません。宮殿の仕組みが崩れた時期と重なっておりますから、そのせいかもしれません。
でも、研究の方々は、こうも書いていらっしゃいましたの。
——ただ単に、流行が終わっただけかもしれない、と。
……わたくし、ここで思わず笑ってしまいましたわ。
空から降ってきた金属の指輪が、飽きられた。
三千年後の誰かが必死で調べている謎の答えが、「なんとなく、はやらなくなった」かもしれないのですわ。
なんという肩透かしかしら。でも、たぶん本当にそうですのよ。世の中のたいていのことは、そうやって終わりますもの。
……ええ。
そして、ここからが、わたくしの正直な感想ですわ。
空から降ってくるもの、というのは、そんなに珍しくありませんのよ。
いえ、隕石の話ではありませんの。
わたくしのいたところでは、上から落ちてくるものは、しょっちゅうありましたわ。突然、光が降ってくることもございましたし。
一度、大きいのが来るとわかっていた晩がありましてね。
……いえ、この話はよろしいですわね。ずいぶん前のことですし、結局なんともありませんでしたから。あとで話しましたら、予知をなさる方に呆れた顔をされましたけれど。
ともかく、空から来るものというのは、こちらの都合とは関係なく来ますの。
ですから、それを拾って、指にはめて、大事にしてしまうという発想が——わたくしには、たいそう眩しく見えましたわ。
落ちてきたものを、こわがるのではなく、身につけてしまうのですもの。
しかも、いちばん体に近いところに。
……ニンゲンって、そういうところがありますわね。
こわいものほど、そばに置きたがるといいますか。
うちのピチューちゃんたちも、光る石を拾ってくると、しばらく離しませんのよ。あれと同じですわ、たぶん。三千年前も、今も。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。今日は外に出ない日ですもの。
空から降ってきた鉄が、誰かの指の上で三千年前に光っていて、それから消えて、そして今また調べられている。
……忘れられても、無くなってはおりませんのね。
そういうのは、少し安心いたしますわ。