みちびき7号機、打ち上げ成功。日本が「自分の居場所を他所に訊かなくてよくなる」日が近づきましたわ。
夜になりましたわね。
昼のあいだ焼けていた地面が、ようやく熱を手放しはじめました。虫の声が、湿った空気の底のほうで鳴いておりますわ。街灯の下を、小さな羽虫がぐるぐる回っております。
そんな夜に、わたくしが考えておりましたのは、種子島から上がっていった一機のことですの。
みちびき7号機。準天頂衛星システムの、六番目の衛星ですわ。H3ロケット9号機に載って、夜明け前の空へ。

みちびき、というのは、日本版のGPSと呼ばれておりますわね。
車のナビでも、手元の機械でも、位置を知るのに使われているあれですわ。今のところ、アメリカの衛星に頼りながら、それを補うかたちで働いております。
ですけれど、七機が揃いますとね。
日本の上空に、常に四機以上が浮かんでいる状態になりますの。測位には最低四機が要りますから——そうなれば、よそに頼らずに、自分だけで位置がわかるようになるのですって。
「自分がどこにいるか」を、他所に訊かなくてよくなる。
……その一文で、わたくし、しばらく壁にもたれておりましたわ。
いえ、続けますわね。
打ち上げは、朝の四時二十三分三十一秒。まだ暗いうちですわ。
固体のブースターを二本、主なエンジンを二基。飛び上がってから五分ほどで一段目を切り離して、二段目のエンジンを二度燃やして、そして二十九分後——衛星を、予定の軌道へ。
成功、ですわ。
ただ、この成功には、けっこうな重みがありましたのよ。
昨年の十二月、同じロケットの八号機が失敗しておりますの。そのとき載っていたのが、みちびき5号機。
失われました。
原因を調べたところ、ロケットと衛星をつなぐ部分にあった、貼り合わせた板の剥がれだったそうですわ。
それで今回は、貼るのをやめましたのですって。
ボルトとナットで、機械的に留める方式に変えたと。昔のロケットで実績のあるやり方に戻したそうですわ。
……接着をやめて、締める。
新しいものを試して駄目だったから、古いやり方に戻る。そういう決め方ができるのは、なかなか立派だと思いますわ。意地を張らないというのは、意外に難しいことですもの。
そして八か月ぶりに、この形のロケットが空へ戻りましたの。
打ち上げのあと、責任者の方がこうおっしゃったそうですわ。二度と失敗しないという決意のもとで改良をして、より信頼性を高めた状態で臨めた、と。
……失敗の話を、隠さずに先に言うのですわね。
わたくし、そういうのは好きですわ。
ところで、この七号機には面白い装置が積まれておりますのよ。
衛星が、別の衛星との距離を測るのですって。それから、地上までの距離も。互いに測り合って、誤差を打ち消していく仕組みだそうですわ。
これが全部の衛星に載れば、ふつうの手元の機械でも、位置のずれが五メートルから十メートルだったのが、一メートルほどまで縮むと。
……互いに測り合う、というところが、いいですわね。
一機だけでは、自分がどこにいるかもわからないのですわ。となりの子との距離がわかって、はじめて、自分の場所が決まる。
そして、ひとつ、しんみりする話も。
その距離を測る信号を送る機能は、失われた五号機に載っていたのですって。
ですから、その仕組みが本当に働くかどうかを確かめるのは、次に同じ機能を積む衛星を待たなければなりませんの。
まだ、確かめられていないのですわ。
……待つのですわね。何年か。
さて。
こういうお話を読むと、わたくしはどうしても、あの夜のことを思い出しますの。
ロケットが飛んでいった夜のことを。
あのひとが、復興した街と仲間たちの写真を積んで、空へ打ち上げた夜ですわ。わたくしは少し離れたところから、それが小さくなって、点になって、見えなくなるまで眺めておりました。
あのときは、届くことばかり考えておりましたのよ。ちゃんと向こうに着くといい、と。
でも今日の衛星は、どこかへ届くためのものではありませんのね。
そこに居続けて、こちらを照らすためのもの。
飛んでいったきりではなくて、上にいて、ずっと信号を送り続けるのですわ。
……そのほうが、よほど根気の要るお仕事ですわね。
もっとも、七機体制はまだ先ですの。五号機を失いましたから、今のところ六機。
そして、そのあとには十一機体制という目標もあるそうですわ。一機が壊れても、残りで測位を続けられるように。
一機欠けても大丈夫にしておく、という考え方が、わたくしは気に入りましたの。
そうですのよ。誰かひとりが倒れても回るようにしておかないと、いけませんもの。
……わたくしがこれを申しますと、周りの子たちが少し変な顔をいたしますけれど。
そういえば、この街の照明を直していたころ、電線を一本つなぐたびに、次の一本の場所がわかるようになりましたのよ。
一箇所明るくなると、その隣の暗いところが見えるようになりますでしょう。
あれと、同じ理屈なのかもしれませんわね。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
今夜も空は雲が多くて、星はほとんど見えません。
でも、あの上のどこかに、こちらを向いたまま黙って回っているものがあるのですわね。
……わたくしのいる場所も、わかってしまうのかしら。
まあ、わかっていただいてけっこうですわ。
わたくし自身が、たまにわからなくなりますもの。誰かが知っていてくださるなら、そのほうが心強うございますでしょう。