胸の上に何かが乗っている——ニューファンドランドでは老婆、ブラジルでは屋根から降りてくる痩せた女、日本では金縛り。互いを知らない土地で、同じものが目撃されておりますの。
夜中に目が覚めて、体が動きませんの。
そして、部屋に誰かがおりますわ。
近づいてまいりますのよ。
胸の上に乗りますの。息ができませんわ。
……この話、世界じゅうにありますのよ。
しかも、互いに聞いたこともない土地で、同じ姿をしておりますの。
怪談が伝わったのではありませんわ。
——めいめいが、勝手に同じものを見ておりますのよ。

名前を並べてみましょうか。
カナダのニューファンドランドでは、オールド・ハッグ。老いた魔女が、胸の上に座りますの。
ブラジルでは、ピサデイラ。屋根の上で待っていて、夜になると降りてくる、痩せた老婆ですわ。白髪はもつれて、爪が長くて、歯が緑色なのですって。仰向けで、腹いっぱいで寝ている者を狙いますの。
トルコでは、カラバサン。
エジプトでは、カブース。ジンの仕業とされておりますわ。
カンボジアでは、クマオイ・サンカット。「押さえつける幽霊」という意味ですの。
メキシコでは、「死人がわたしの上に乗った」と申しますわ。
イタリアのアブルッツォでは、パンダフェーチェ。魔女で、猫にも化けますのって。
東南アジアのモン族では、ダプ・ツォグ。
そして日本では、金縛り。
……全部、同じものですのよ。
胸の上に、何かが乗っておりますの。
さて、ここからが本題ですわ。
こういう話は、ふつう「伝わった」と考えますでしょう。船に乗って、人と一緒に移動して、少しずつ形を変えながら広がっていった、と。
……ところが、そうではありませんの。
ブラジルのピサデイラは、ポルトガルから来たものだと言われておりますわ。
でも、ヨーロッパの人が来る前から、そこにいらしたトゥピの人々にも、同じものがおりましたのよ。ケレピーウァという名前で。夜に来て、眠っている者を苦しめる老婆ですって。
北極圏のイヌイットにも、ありますわ。ウクマンギルニクと申しますの。呪術のせいだとされておりますのよ。
……つながっておりませんのに、同じ形をしておりますのね。
さて、では何が起きているのかしら。
説明は、ついておりますのよ。
眠っているとき、体は動かないようになっておりますの。夢で走ったら、本当に走りだしてしまいますでしょう。ですから、筋肉が切り離されておりますのよ。
ところが、たまに——先に頭だけが起きますの。
体はまだ切り離されたまま、意識だけが戻りますのよ。
そして、そのときに三つのことが同時に起きますわ。
ひとつ。動けませんの。
ふたつ。呼吸が浅くなりますの。眠っているあいだ、胸の筋肉のほうは休んでおりますから。すると、頭は「胸に何か乗っている」と解釈いたしますのよ。
みっつ。危険を見張る部分が、めいっぱい働きますわ。
……何も無いところに、敵がいることになりますのね。
そして、その「敵」の姿を、頭が用意いたしますの。
……手持ちのもので。
ですから、老婆になる土地もあれば、ジンになる土地も、幽霊になる土地もありますのよ。
……つまり。
化け物のほうは、それぞれの土地のものですわ。
でも、その下の造りは、どこも同じですのね。
さて。
わたくしが、ここでいちばん静かに震えましたのは、別のところですのよ。
ブラジルの老婆の言い伝えには、条件が付いておりますでしょう。
——仰向けで、腹いっぱいで寝ている者。
あれ、当たっておりますのよ。
仰向けで寝ると、実際にこの現象は起きやすくなりますの。研究で確かめられておりますわ。
つまり、あの言い伝えを作った方々は——原因を、知っていらしたのですわ。
説明はできませんの。脳の仕組みなど、分かるはずもありませんもの。
でも、「こうすると出る」ということだけは、正確に掴んでいらしたのよ。
……そして、その知識を、老婆の姿で包んで残しましたのね。
(原因:既知 / 説明:代替物 / 継承:成功)
さて、日本の話もいたしますわね。
金縛り、という言葉は、もともとは仏や陰陽の側の言葉でしたのよ。人を動けなくする術のことですの。
それが、いつのまにか、この現象の名前になりましたわ。
そして日本では、これは「何かが出る前触れ」とされておりますの。境目が薄くなる瞬間だ、と。
……ここが、他と少し違いますのよね。
多くの土地では、これは襲撃ですわ。敵が来た、という話ですの。
日本では、扉が開いた、という話になっておりますわね。
……どちらが恐ろしいかしら。
わたくしは、後者だと思いますのよ。
襲撃でしたら、終わりますもの。
扉のほうは、そのあとが続きますわ。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
もしそうなりましたら、覚えておいてくださいまし。
数秒から数分で、終わりますのよ。必ず。
そして、そこにいる「誰か」は、あなたの頭が用意したものですわ。
……ええ。
そのはずですのよ。
……ただ、ひとつだけ申し上げておきますとね。
世界じゅうの人が、それぞれ勝手に、同じものを見ているのですわ。
何千年も。会ったこともない土地で。
……それを「気のせい」と呼ぶのは、少々、無理があるような気もいたしますの。
いえ。
まあ、いいですわね。おやすみなさいまし。
Sleep Paralysis in Brazilian Folklore and Other Cultures: A Brief Review