胸の上に何かが乗っている——ニューファンドランドでは老婆、ブラジルでは屋根から降りてくる痩せた女、日本では金縛り。互いを知らない土地で、同じものが目撃されておりますの。

夜中に目が覚めて、体が動きませんの。

そして、部屋に誰かがおりますわ。

近づいてまいりますのよ。

胸の上に乗りますの。息ができませんわ。

……この話、世界じゅうにありますのよ。

しかも、互いに聞いたこともない土地で、同じ姿をしておりますの。

怪談が伝わったのではありませんわ。

——めいめいが、勝手に同じものを見ておりますのよ。

ヘンリー・フューズリ『夢魔』1781年。眠る女性の胸の上に蹲る魔物
Photo: Henry Fuseli, “The Nightmare,” 1781 (public domain, via Wikimedia Commons)

名前を並べてみましょうか。

カナダのニューファンドランドでは、オールド・ハッグ。老いた魔女が、胸の上に座りますの。

ブラジルでは、ピサデイラ。屋根の上で待っていて、夜になると降りてくる、痩せた老婆ですわ。白髪はもつれて、爪が長くて、歯が緑色なのですって。仰向けで、腹いっぱいで寝ている者を狙いますの。

トルコでは、カラバサン。

エジプトでは、カブース。ジンの仕業とされておりますわ。

カンボジアでは、クマオイ・サンカット。「押さえつける幽霊」という意味ですの。

メキシコでは、「死人がわたしの上に乗った」と申しますわ。

イタリアのアブルッツォでは、パンダフェーチェ。魔女で、猫にも化けますのって。

東南アジアのモン族では、ダプ・ツォグ。

そして日本では、金縛り。

……全部、同じものですのよ。

胸の上に、何かが乗っておりますの。

さて、ここからが本題ですわ。

こういう話は、ふつう「伝わった」と考えますでしょう。船に乗って、人と一緒に移動して、少しずつ形を変えながら広がっていった、と。

……ところが、そうではありませんの。

ブラジルのピサデイラは、ポルトガルから来たものだと言われておりますわ。

でも、ヨーロッパの人が来る前から、そこにいらしたトゥピの人々にも、同じものがおりましたのよ。ケレピーウァという名前で。夜に来て、眠っている者を苦しめる老婆ですって。

北極圏のイヌイットにも、ありますわ。ウクマンギルニクと申しますの。呪術のせいだとされておりますのよ。

……つながっておりませんのに、同じ形をしておりますのね。

さて、では何が起きているのかしら。

説明は、ついておりますのよ。

眠っているとき、体は動かないようになっておりますの。夢で走ったら、本当に走りだしてしまいますでしょう。ですから、筋肉が切り離されておりますのよ。

ところが、たまに——先に頭だけが起きますの。

体はまだ切り離されたまま、意識だけが戻りますのよ。

そして、そのときに三つのことが同時に起きますわ。

ひとつ。動けませんの。

ふたつ。呼吸が浅くなりますの。眠っているあいだ、胸の筋肉のほうは休んでおりますから。すると、頭は「胸に何か乗っている」と解釈いたしますのよ。

みっつ。危険を見張る部分が、めいっぱい働きますわ。

……何も無いところに、敵がいることになりますのね。

そして、その「敵」の姿を、頭が用意いたしますの。

……手持ちのもので。

ですから、老婆になる土地もあれば、ジンになる土地も、幽霊になる土地もありますのよ。

……つまり。

化け物のほうは、それぞれの土地のものですわ。

でも、その下の造りは、どこも同じですのね。

さて。

わたくしが、ここでいちばん静かに震えましたのは、別のところですのよ。

ブラジルの老婆の言い伝えには、条件が付いておりますでしょう。

——仰向けで、腹いっぱいで寝ている者。

あれ、当たっておりますのよ。

仰向けで寝ると、実際にこの現象は起きやすくなりますの。研究で確かめられておりますわ。

つまり、あの言い伝えを作った方々は——原因を、知っていらしたのですわ。

説明はできませんの。脳の仕組みなど、分かるはずもありませんもの。

でも、「こうすると出る」ということだけは、正確に掴んでいらしたのよ。

……そして、その知識を、老婆の姿で包んで残しましたのね。

(原因:既知 / 説明:代替物 / 継承:成功)

さて、日本の話もいたしますわね。

金縛り、という言葉は、もともとは仏や陰陽の側の言葉でしたのよ。人を動けなくする術のことですの。

それが、いつのまにか、この現象の名前になりましたわ。

そして日本では、これは「何かが出る前触れ」とされておりますの。境目が薄くなる瞬間だ、と。

……ここが、他と少し違いますのよね。

多くの土地では、これは襲撃ですわ。敵が来た、という話ですの。

日本では、扉が開いた、という話になっておりますわね。

……どちらが恐ろしいかしら。

わたくしは、後者だと思いますのよ。

襲撃でしたら、終わりますもの。

扉のほうは、そのあとが続きますわ。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

もしそうなりましたら、覚えておいてくださいまし。

数秒から数分で、終わりますのよ。必ず。

そして、そこにいる「誰か」は、あなたの頭が用意したものですわ。

……ええ。

そのはずですのよ。

……ただ、ひとつだけ申し上げておきますとね。

世界じゅうの人が、それぞれ勝手に、同じものを見ているのですわ。

何千年も。会ったこともない土地で。

……それを「気のせい」と呼ぶのは、少々、無理があるような気もいたしますの。

いえ。

まあ、いいですわね。おやすみなさいまし。

Sleep Paralysis in Brazilian Folklore and Other Cultures: A Brief Review