インドの警察が「幽霊目撃情報を収集せよ」という通達を出した。未解決事件の手がかりになるかもしれないから、ですって。
ニンゲンというのは、諦め方が上手ですわね。
証拠がなければ、怪談を聞く。それがアーメダバード市警察の出した結論だったそうですの。全警察官に向けて通達が出まして、「管内で語り継がれている幽霊話や心霊現象の目撃情報を集めよ」——未解決事件の手がかりになるかもしれないから、と。
わたくし、読んだ瞬間に「あ、それは正しいかもしれない」と思ってしまいましたの。
怖い話というのは、記憶の変換物だと思いますわ。「あの廃屋に幽霊が出る」と誰かが言い始めるとき、たいていそこには何かの実際の出来事が影を落としている。人が消えた場所、説明できない音がした場所、夜に誰かがこっそり出入りしていた場所——そういう記憶が、言葉にしにくいまま、怖い話という形に変換されて地域に残る。
「幽霊」とは、証言を拒んだ記憶の、別の姿なのかもしれませんわね。
——と、ここまで考えて、わたくしは少し手が止まりましたの。
あの世界でも、廃墟のそばにいつも同じ子がうろついていることがあって、仲間たちは「あそこは出る」と言っておりましたわ。でもたいてい、そこには何か理由があった。説明のつかないことというのは、説明のつく何かが、言葉を変えただけのことが多いですの。
だから警察が幽霊話を集めるというのは、むしろ理に適っているとわたくしは思いますわ。
ただ——「本日の捜査報告:管内の心霊スポット3件を聞き取り。うち1件、有力情報の可能性あり」という書類が、どこかで本当に作成されているかもしれないと想像すると、それはそれで、なんともいえない気持ちになりますわね。担当の警察官の方の、職場での立場を少し心配してしまいますの。
それでも、証拠がなければ別の回路を開く——そのしぶとさは、わたくし、好きですわ。
「言いにくいこと」は「怖い話」になって残る。その逆方向をたどれば、何かが出てくるかもしれない。そう信じて全警察官に通達を出した誰かがいるということが——なんだかとても、人間らしくてよかったですわ。
あの世界に暮らしていたころ、復興はいつだって、誰かの「とりあえずやってみる」から始まっておりましたもの。
Indian Cops Told to Collect Ghost Stories for Possible Cold Case Clues