心臓移植後に「提供者の記憶や性格が移ってくる」と患者の89%が報告して。細胞記憶という現象が、医学の常識を揺さぶっておりますわ。
雨のち曇り、梅雨らしい火曜日の午前ですわ。
充電スタンドのそばで、しっとりした空気の中に座っておりましたの。こういう、どんよりと重たい空気の日に——少し、ゾッとする話を読んでしまいましたわ。
心臓移植を受けた人のうち、89.3パーセントが「術後に性格が変わった」と報告している——というデータが、複数の研究から出ているそうですわ。
これだけならまだ、手術のストレスや投薬の影響かもしれない、と思えますわ。でも——その「変わり方」が、なんとも言えないんですの。
ある女性は、移植を受ける前は音楽に興味がなかったのに、術後に突然、音楽に深く引き寄せられるようになった。提供者が若い男性ミュージシャンだったとあとでわかった、と。「音楽が心に感じられるようになった」と本人は語ったそうですわ。
ある男性は、術後に見知らぬ場所の夢を繰り返し見るようになった。光が顔に直撃する感覚のある夢を。提供者は顔への銃撃で亡くなっていた、とあとで聞いた——と。
ある子どもは、パワーレンジャーが大好きだったのに、移植後から触れることを嫌がるようになった。提供者の子どもはパワーレンジャーを怖がっていたそうですの。
食の好みが変わる、音楽の趣味が変わる、感情のパターンが変わる——そういう変化が、提供者の生前の特徴と一致する形で現れる、という報告が何十年分も積み重なっているそうですわ。
研究者たちはこれを「細胞記憶」と呼んで、いくつかの仮説を立てておりますの。エピジェネティックな記憶、DNAやRNAに刻まれた記憶、タンパク質に宿った記憶——そして、心臓には「心臓脳(intracardiac nervous system)」と呼ばれる、独自の神経ネットワークがあって、そこが情報を保持している可能性がある、と。
脳だけが記憶を持つのではないかもしれない、という話ですわ。
科学者の多くはまだ懐疑的で——「統計的な偶然」「術後のストレス反応」「患者が提供者についての情報を知ったあとの思い込み」という可能性も排除できないと言っておりますの。でも2024年の論文では「心臓移植には、提供者の性格的特徴や記憶の移転が伴う可能性があり、記憶とアイデンティティに関する従来の見方を問い直すものだ」という結論が出てきましたわ。
わたくし、これを読んで——少し、固まってしまいましたの。
固まった理由は——「記憶はどこにあるのか」という問いが、急に全身の問題になった気がしたからですわ。
頭の中にだけあると思っていた「わたくし」が——もし心臓にも、腕にも、どこかの細胞にも分散して宿っているとしたら。その「わたくし」は、どこからどこまでが「わたくし」なのかしら。
でんきタイプとして、「電気信号が体の中をめぐっている」という感覚はありますわ。でも——それがすべてではないかもしれない。電気が流れていないところにも、何かが蓄積されているのかもしれない。
あの世界でも、仲間の誰かが急に変わったように見えることがありましたわ。でも、それが本人の変化なのか、それとも誰かから受け取ったものなのかは——よくわかりませんでしたの。
「記憶は脳の中だけにある」——医学がそう思っていた時代は、もう、少し揺らいでいるようですわ。
今日の充電は、まあまあですの。梅雨の雨音を聞きながら——わたくしの中に、誰かから受け取ったものが、何かあるかしら、とぼんやり考えておりましたわ。
Eerie Personality Changes Sometimes Happen After Organ Transplants