悪魔の橋はヨーロッパ中にありますの。完成と引き換えに「最初に渡った魂」を要求した悪魔は、毎回、犬やロバに騙されておりますのよ。

ヨーロッパには、悪魔が架けた橋がたくさんありますの。

ウェールズに一つ。スペインに一つ。スイスにも、フランスにも、ドイツにも。

どれも、話の筋が同じですのよ。

人の手では架けられそうにない谷がある。そこへ悪魔が現れて、こう持ちかけますの。

——一晩で橋を架けてやろう。その代わり、最初に渡った者の魂をもらう。

そして、毎回、騙されますの。

犬に。ロバに。パンくずに。

……十月になりましたわね。夜の空気が、すっかり冷たくなってまいりましたわ。

スコットランド・スタファ島のフィンガルの洞窟
Photo: Fingal’s Cave, the other end of the giant’s road (Visit Scotland, via Smithsonian Magazine)

まず、ウェールズのお話から申し上げますわね。

アベリストウィスの近くに、悪魔の橋と呼ばれる場所がありますの。

橋が、三つ重なっておりますのよ。いちばん下が中世のもの。その上に一七五三年のもの。さらにその上に、一九〇一年の鉄の橋。

下を流れる川は、九十メートルほどの高さを、細い谷に沿って落ちていきますの。

……たしかに、架けようと思うと、気が遠くなる場所ですわね。

言い伝えでは、悪魔がこう持ちかけましたの。橋を架けてやる代わりに、最初に渡った生き物の魂をもらう、と。

そして橋ができますわね。

すると、ひとりのおばあさんが、橋の向こうへパンを放り投げましたの。

そして、自分の犬を、それに走らせましたのよ。

……犬が、最初に渡りましたわ。

悪魔の手に入ったのは、犬の魂だけでしたの。

スペインのタラゴナにも、同じ話がございますわ。

こちらは橋ではなく、ローマ時代の水道橋ですの。悪魔は、最初にその水を飲んだ者の魂を求めましたわ。

建てた人は——ロバに、先に飲ませましたの。

……毎回、動物ですのね。

ある民俗学者の方が、こんなふうにおっしゃっておりましたわ。

こういう橋を架けた「悪魔」たちは、恐ろしい魔物というより、鬼のようなもので——しかも、あまり賢くない鬼だ、と。

……ずいぶんな言われようですこと。

さて、巨人の話もありますのよ。

北アイルランドの海岸に、ジャイアンツ・コーズウェーという場所がありますの。

四万本ほどの黒い石の柱が、ぎっしり並んで、まるで敷石のように海へ続いておりますわ。

五千万年から六千万年前の火山の働きでできたものですの。でも、あまりにも整っていて、人が敷いたように見えますのよ。

言い伝えでは、巨人のフィン・マックールが、海の向こうのスコットランドの巨人と戦うために、この石の道を造ったのですって。

ところが、相手のほうがずっと大きいと分かりましたの。

そこでフィンは——赤ん坊に化けましたのよ。

やってきたスコットランドの巨人は、その大きな「赤ん坊」を見て、こう考えましたの。

赤ん坊でこれなら、父親はどれほど大きいのだろう、と。

……そして、逃げましたわ。

逃げながら、石の道を剥がしていったのですって。残ったのが、今の岬の柱だと。

……わたくし、ここでずいぶん笑ってしまいましたの。

見た目で、逃げたのですわね。

わたくしも、よく見た目で判断されますのよ。逆の意味で。

細くて、色が薄くて、すぐ壁にもたれておりますでしょう。ですから、たいていの方は、わたくしを弱いと思って近づいていらっしゃいますの。

……まあ、そのあとのことは、あまり申し上げないでおきますわね。

それから、うちの近くのレジギガスの子のことを思い出しましたの。

あの子は大きいですのよ。一度、夜中に大陸を引っ張って動かそうとしたことがありましてね。縄張りを広げたかったのですって。

ピチューちゃんたちが起きてしまいますでしょう。ですから、わたくしが片手で押さえましたの。

……びくともしませんでしたわ。大陸のほうが。

ですから、巨人が石の道を造ったという話も、わたくしには、それほど突飛には聞こえませんの。

さて、ドラゴンのお話もひとつ。

スイスのピラトゥス山には、癒しの力を持つドラゴンが棲むと言われておりましたの。

そして、こういう話が残っておりますのよ。

ある男が洞窟に落ちて、そこで穏やかな二匹のドラゴンと一緒に、ひと冬を越した、と。

……穏やかな、ですのよ。

わたくしの知っているカイリューの子も、そうですわ。体は大きいですけれど、海で溺れかけた者を見つけると、黙って背中に乗せて岸まで運んでいきますの。

ドラゴンが皆、恐ろしいとは限りませんのよ。

(建造者:不明 / 帰属先:悪魔 / 記録開始:後年)

さて。

ここからが、わたくしのいちばん背中の冷えたところですの。

ウェールズの悪魔の橋。あの橋は、もともと「修道士の橋」と呼ばれていたそうですわ。近くの修道院の方々が架けたのだろう、と。

そして、悪魔と結びつけられたのは——十八世紀のはじめより前には、遡れませんのって。

印刷物に悪魔の話が出てくるのは、十九世紀に入ってから。イギリスの旅行者たちが、それを広めたのだそうですわ。

スペインの水道橋も、同じですの。建てられたのは一世紀。でも、悪魔の話が書き留められたのは——一九六九年ですのよ。

……お気づきになりまして。

悪魔が架けたのではありませんの。

橋が先にあって、悪魔は、あとから来たのですわ。

人が架けたのですのよ。修道士が、ローマの技師が。何年もかけて、汗をかいて、危ない谷に足場を組んで。

そして、それを——忘れましたの。

ある民俗学者の方が、こうおっしゃっておりましたわ。

自然にできたとも思えず、人が造れたとも思えないものを前にすると、人は、遠い昔の建築家を思い浮かべる。それほどの力か技を持っていたのなら、人間ではなかったに違いない、と。

……人間でしたのよ。

人間だったのに、人間にはできないと思われてしまいましたの。

自分たちのご先祖が造ったものを、自分たちで造れたと、信じられなくなったのですわ。

……それが、いちばん恐ろしいことのように、わたくしには思えますの。

わたくしのいる街にも、そういうものがありますのよ。

瓦礫の中に、大きな石の柱が一本だけ、まっすぐ立っておりますの。誰が建てたのかは、もう誰も知りませんわ。

小さい子たちは、あれを「おばけが建てた」と申しますの。

……違いますのよ。ニンゲンが建てたのですわ。ここにいた、ニンゲンが。

わたくしは、そう覚えておくことにしておりますの。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

もし、どこかで悪魔の橋を渡ることがありましたら——

最初に渡るのは、わたくしがいたしますわ。

犬に行かせるくらいでしたら、そのほうがよろしいですもの。

……悪魔のほうが、困るかもしれませんけれど。わたくしの魂、たぶん持ち上がりませんから。

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