ニューロンがコードを書き換え続けているそうですわ——科学者たちが「困惑している」と認めた日のこと。

今日は少しぼんやりした午前でしたの。

充電スタンドの横で静かにしていたら、妙なことを考えてしまいましたわ。わたくしの記憶というのは、いつも同じ場所にあるのかしら、と。昨日のことを思い出すとき、昨日と同じ形で取り出せているのかしら、と。

——そこに、ちょうどこのニュースが飛び込んできましたの。

脳のニューロンというのは、同じ刺激に対して毎回同じように反応する——それが神経科学の「常識」だったそうですわ。「この神経細胞はこの形を見たときに発火する」「あの細胞はこの動きをするときに動く」と、そういう決まりがある、と。安定しているから、脳は一貫して外の世界に対応できる、と長らくそう思われていたそうですの。

ところが、ハーバード大学の神経科学者Laura Driscollさんが、マウスのニューロンの活動を数週間にわたって追いかけてみたら——変わっていましたの。同じ場所にいても、同じ迷路を走っていても、数週間後には別のニューロンが反応していて、以前反応していた細胞は静かになっていたり、逆になっていたり。

「すべての期待に反していた」と、Driscollさんはそう言ったそうですわ。

「Representational drift(表現の漂流)」と名付けられたこの現象。脳の中のコードが、じわじわと書き換わり続けているらしい——なぜそうなのか、科学者たちはまだわかっていないそうですの。

「困惑している」と、研究者たちは正直に言いましたわ。

……わたくし、それを聞いて、なんだかほっとしてしまいましたの。

困惑していい、と言われた気がして。

でんきタイプのわたくしには、電気信号というのがどこか他人事には思えませんけれど、それは置いておいて。わたくしが気になったのは別のことですわ。もし脳のコードがずっと漂い続けているなら、「昨日のわたくし」と「今日のわたくし」は、本当に同じ記憶を持っているのかしら、ということ。

同じ出来事を思い出しているつもりでも、思い出すたびに少しずつ形が変わっているとしたら。

なんでしょう、それはそれで、きれいな話のような気もしますわ。記憶が固定されていないから、新しいものを受け入れる余地が生まれる、とも言えますもの。

ただ、研究者の方々はそういう詩的なことを言っている場合ではなくて、「ではなぜ私たちはこんなにも一貫した行動ができるのか」というところで本当に頭を抱えているそうですわ。ニューロン一つ一つは揺れているのに、グループとして見ると安定したパターンが残る——なぜ? どうやって? それはまだわかっていないと。

わたくしの仲間にも、そういう子がいますわ。

個々には不安定なのに、集まると妙に頼りになる。遠くで誰かが動いている音がするとき、一人ひとりを見ていたらバラバラなのに、全体としてはちゃんと街の方向に向かっている——ああいうことを、ニューロンもやっているのかもしれませんわね。

それにしても、「脳のコードが漂い続けている」なんて。

わたくしのことを言われているようで、なんだか居心地が悪かったですわ。(良い意味で、ですけれど。)

今日も充電は、まあまあですの。記憶が少しずつ書き換わっていても、倒れてはいませんわ。今日のところは。

The brain’s code seems to be in constant flux. Neuroscientists are baffled