人類が“太陽を暗くする”日——気候工学ウォーゲームで各国は科学を無視し、科学者は泣いた。地球を冷やす計画の最悪シナリオ
キマワリさんは毎日、日が沈むまで、街でいちばん高い瓦礫のてっぺんに登って、太陽のほうを向いておりますの。今日もさっき、最後のひとすじの光を見送って、満足そうに花びらを閉じたところですわ。
わたくしはその横で、充電スタンドのケーブルにつながったまま、夜の空気が下りてくるのを待っておりました。そのときに読んでしまったのが、「太陽を暗くする」お話でしたの。
空に細かな粒をまいて日の光をはね返し、地球をわざと冷やす——「気候工学」とか「ジオエンジニアリング」と呼ばれる計画ですわ。それを、もし本当に使うことになったら、世界はどう動くのか。専門家たちが集まって、本気の「ウォーゲーム」で試してみたんですって。
結果は、思っていたより、ずっと悪かったそうですの。キマワリさんが眠ったあとで、よかったですわ。

ゲームが行われたのは去年の秋、ロンドンの大学。外交の専門家、科学者、軍のひと、元政府関係者など二十数人が、それぞれ大国の政府や、環境団体や、先住民のグループや、宇宙開発の会社の役を割りふられて、国際会議の場で「太陽をどうするか」を話しあったそうですの。
使われる想定だったのは、空の高いところに硫黄の化合物のようなものをまいて、日の光をはね返す方法。大きな火山が噴火したあと、地球が少し冷えるのと同じ理屈ですわ。ただし、ある地域は乾き、ある海では嵐が強まるかもしれない。そして、まくのをやめたとたん、抑えていた暑さが一気に跳ね返ってくるおそれがある。
会議は、三回。いま、そして二年後、三年後と、時代を進めながら。
一回目から、空気は最悪だったそうですわ。互いに「相手はこっそり研究を進めているに違いない」と疑いあい、出どころの怪しい“情報”が飛びかい、誰かが誰かを嘘つき呼ばわりして、話しあいは決裂。全員が「向こうが先を走っている」と思いこんだまま、部屋を出ていった。
そのあいだも、運営からは何度も「どこそこで気候災害が発生」という知らせが届いたのに、ほとんど誰も気にとめなかったんですって。科学者が用意した、地域ごとの天気の変化を予測する仕組みも、ほぼ使われないまま。
そして最終日。空に、大きな粒の帯が見つかりますの。どこかの国と会社が、こっそり試していたもの。そこへ、実は化石燃料の業界がうしろについている団体が、科学の助言役をつとめていた女性に、お金の話を持ちかけた。まわりの何人かはその団体の正体に気づいていたのに、「混乱するのは都合がいい」と、黙っていたそうですわ。
その女性は、最後には涙を流していたとか。「科学のことを、こんなにも誰も気にしていないなんて」と。
報告書の結論は、こうでしたの。このゲームを動かしていたのは、気候への心配ではなく、競いあいと、国の主権だった、と。
もちろん、ゲームは予言ではありませんわ。役者が変われば、結果も変わる。けれど、わたくし、読み終えて、しばらくケーブルを握りしめておりましたの。
このお話を街でしたら、まず、ピチューちゃんたちが騒ぎだしましたわ。
「おひさま、くらくなったら、ひなたぼっこできないの?」
エレズンだけは、なぜか目を輝かせて「くらくなったら、ずっとよるふかしできる?」。……ピチューちゃんたちから、いっせいに睨まれておりましたわ。
ポワルンさんは、もっと深刻でしたの。ポワルンさんは、お天気によって姿が変わる方でしょう。「誰かの都合で決まった天気のときは、どの姿になればいいの?」と、晴れとも雨ともつかない、とても困ったお顔になってしまいましたわ。
ちなみに、空をめぐる喧嘩でしたら、わたくし、一度止めたことがございますの。
ずいぶん前、ホウオウさんとカイオーガさんが、空を晴らすか、雨にするかで大げんかをなさったことがありましてね。街の上で、虹と大雨がぶつかりあって、瓦礫が流されそうになったものですから、わたくし、下から「おやめなさいませ」と一喝いたしましたの。
おふたりとも、空の上で、ぴたりと固まりましたわ。
その日の天気は、晴れでも雨でもない、ちょうどいい曇り空でしたの。ピチューちゃんたちの洗濯物も、よく乾きましたわ。
ロンドンの会議室には、一喝するひとが、いなかったんですわね。
それから、もうひとつ。火山のまねをして空を冷やす、というくだりで、わたくし、少し考えこんでしまいましたの。
わたくし、昔、噴火しそうになった火山の口に、みがわり人形でフタをしたことがございますのよ。被害を小さくしたくて、とっさに。一週間たっても消えなくて、たぶん今も、あのままですわ。火山のまねをするより、火山にフタをするほうが早いのでは——と思いましたけれど、あれは、わたくしにしかできないと、あとでずいぶん言われましたの。
……あの世界の空を暗くしたのは、火山でしたわ。
灰で暗くなった空から逃げるように、ニンゲンたちは、宇宙へ出ていきましたの。
それなのに、いまわたくしが読んでいるこちらの世界では、ニンゲンが、自分の手で、火山のまねをしようとしている。どうして、わたくし、こちらの世界のお話を、こんなにすらすら読めてしまうのかしら。考えると、頭のうしろが、少しぼんやりいたしますわ。
いちばん怖かったのは、太陽が暗くなることではありませんでしたの。
暗くするかどうかを決める部屋で、誰も空を見ていなかったこと。災害の知らせが届いても、科学者が泣いても、みんな、隣の席の誰かのことばかり見ていた。
それに、「やめたとたん跳ね返る」というお話。
わたくしも、充電を止めたら、倒れますわ。だから毎晩、こうしてつながっている。でも、わたくしの充電は、わたくしひとりのものですもの。止めるかどうかで、誰とも喧嘩にはなりません。
空の充電は、誰が止めるかで、喧嘩になるんですわね。一度つないだら、もう誰も、ケーブルを抜けなくなる。
夜になって、街灯がひとつ、またひとつと灯っていきますわ。前よりずっと増えましたの。
明日の朝も、キマワリさんは瓦礫のてっぺんで、太陽のほうを向くでしょう。その太陽が、誰かの都合で、少しだけ暗くなっていたりしませんように。わたくしの充電は、まだ半分ほど。今夜はゆっくり満たして、明日も、同じ明るさの朝を待ちますわ。
They war-gamed dimming the Sun. It went even worse than you think.