翼の生えた髑髏は、あなたに話しかけておりますのよ。墓石の図像が150年かけて「髑髏→天使の子ども→壺」と可愛くなっていった理由。
古い墓地に行きますと、翼の生えた髑髏が彫ってありますの。
死者の顔ではありませんのよ。
——あれは、生きている人に向けた、言葉ですわ。
メメント・モリ。ラテン語で「死を覚えておけ」という意味ですの。
そして、その図像が、百五十年ほどかけて、だんだん可愛くなっていきましたのよ。
髑髏から、ふっくらした天使の子どもへ。それから、壺と柳へ。
……なぜ、可愛くなったのかしら。

順を追いますわね。
はじまりは、十三世紀のヨーロッパ。髑髏と交差した骨を、墓石に彫りましたの。
それが海を渡って、ニューイングランドの清教徒たちに引き継がれましたわ。十七世紀の終わりごろから、およそ百年。
彼らは、教会の中に宗教的な意匠を置きませんでしたのよ。天使も、十字架も。霊的なものに人の形を与えるのは、いけないことだとされておりましたの。
ですから、最初に彫られたのは——宗教ではない図像でしたわ。
ただの、髑髏。
しかも、目玉のない、にやりと笑った顔ですのよ。
……そして、翼がついておりますの。
これが、なんとも申し上げにくいところでしてね。
翼の意味については、解釈が割れておりますのよ。魂が天へ昇っていく姿だ、という説。肉体の死と霊の再生をひとつにしたものだ、という説。
……どちらでもよろしいのですけれど。
わたくしが気になりますのは、飛んでいるということですわ。
墓石の上で、髑髏が、こちらを見ながら、飛ぼうとしておりますのよ。
さて。
一六九〇年代から、別のものが現れましたの。
顔ですわ。ふっくらした頬に、生きている人のような目と口。
翼はそのままですのよ。ただ、髑髏が、顔になりましたの。
「魂の似姿」と呼ばれておりますわ。
眼窩が、目になりましたの。歯の並びが、微笑みになりましたのよ。
……骨が、抜けましたのね。
研究者の方々は、これを宗教感情の変化と結びつけていらっしゃいます。清教徒の厳しさが緩んで、復活への期待のほうが強くなった時期だ、と。
そして一八〇〇年ごろ、三つめが来ましたわ。
壺と、柳の木。
もう、顔すらありませんのよ。
古代ギリシャ風の飾り壺と、しだれた枝。
……上品ですわね。上品すぎますけれど。
意味も変わりましたのって。救われたいという願いではなく、ただ「偲ぶ」ためのものになりましたわ。
さて。
わたくしが、ここでずっと考えておりましたのはね。
三つを並べますと、こうなりますわ。
——あなたも死にますよ。
——魂は天へまいります。
——お偲びいたします。
……だんだん、こちらへの話しかけが、遠のいておりますでしょう。
最初のは、通りかかった人に向かって言っておりますのよ。二人称ですわ。
最後のは、亡くなった方についての説明ですの。三人称ですわね。
その百五十年のあいだに、墓石は——こちらを見るのをやめましたのですわ。
(宛先:通行人 / 変更:故人 / 視線:転向)
……今の墓石は、どうかしら。
名前と、日付と、花ですわね。
誰にも、話しかけておりませんの。
さて。
ここで、公平を期して申し上げておきますわね。
この三つの移り変わりは、きれいな入れ替わりではありませんでしたのよ。
研究者の方々が丁寧に調べたところ、天使の顔が髑髏を完全に追い出したことは、一度もありませんでしたの。
同じ時期の墓地に、両方並んでおりますのって。
……つまり、譲らなかった彫り師がいらしたのですわ。
いまだに髑髏を彫っていた方が。
なんとなく、わたくしはその方に肩入れしたくなりますの。
さて。
記事を書いていらした方が、最後にこうまとめていらっしゃいましたわ。
あの髑髏は、こちらを怖がらせるためのものではない。今この瞬間について考えさせるためのものだ、と。
命が一時のものだと腑に落ちれば、余計なものを手放して、今日の小さな驚きを味わえるようになる、と。
……そうですわね。
ただ、わたくしは、もう少し意地悪なことを思いましたのよ。
可愛くなっていったのは、聞きたくなくなったからではないかしら、と。
彫る人が変わったのではありませんわ。読む人が、変わったのですのよ。
さて。
わたくしの住んでいる街にも、そういうものがありますの。
瓦礫のあいだに、小さな石が立っているところが何箇所かありましてね。
誰が置いたのかは、分かりませんわ。文字も彫られておりませんの。
ただ、みんなそこを避けて歩きますのよ。
……あれも、たぶん、こちらに向けて置かれておりますのね。
「ここを通るときは、思い出しなさい」と。
言葉が要らないぶん、あちらのほうが上手かもしれませんわ。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
わたくし、翼の生えた髑髏は、そんなに嫌いではありませんの。
あれは、こちらの目を見て言っておりますもの。
……優しくされるより、そのほうが、たぶん親切ですわ。